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なんとなく「幸せになりたい」と思える人間に。

私が
こっちゃんを育てていて
母親として
いつも心配に思っていることがあります。

「今、不安じゃないかな?」
「今、素直に楽しいと思えているかな?」
「今、どういう気持ちでいるんだろう?」

私はいつも
不安を取り除いてあげたいと思うし
なんの心配ごともなく楽しんでほしいと思うし
小さな変化にも寄り添っていたい。

それは、同時に
「こっちゃんの中に私が母親として存在しているかどうか」
の不安があるからです。


子どもの中に
保護者が内在化」していると
根源的な「安心」が得られる。
その「安心」が「人が生きる力」になる。
生きる力」を持っていれば
なんとなく
自分の未来に期待して
「幸せになりたい」「幸せになろう」と(無意識に)思う人間になる。


小さいころのこっちゃんに、
私は
「母親」と認識してもらえていなかった。
そう実感する瞬間が何度も何度もあったのです。
子を産んだものにとって
これほど虚しいことはありません。

私にとって療育とは
私を母親として認識し、信頼してもらうことに等しかったのです。

それがことごとくうまくいかなかった場合
どんな人間になってしまうんだろう…
っていう不安がずっとありました。

なぜなら、私も自分の自己肯定感の低さを認識して、もがいているからです。

この【黒子のバスケ脅迫事件】の渡邊被告は
私が想像する悲しい結果をすべて持って生きてきた感じがします。

涙なしには読めない部分もありました。

ちょっと長いので
後半のふたつ、
「地獄だった小学校の6年間」
「犯罪者からの心に迫るメッセージ」のどちらかだけでも読んでみてください。

私は
彼の育ちに同情するとともに
彼が受けてきたような子育てをしてはいけない、と強く思います。
あまりにも悲劇です。

【黒バス脅迫事件】実刑判決が下った渡邊被告のロジカルでドラマチックな『最終意見陳述』があまりにも切ない

コメント

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大活躍したハーネス(迷子防止紐)

今日、ハハラボラトリーの打合せがあり
その席でメンバーのお子さんへ
我が家で大活躍したハーネスを渡しました。

この僕が背負っているひつじちゃんです。
我が家で何十回も洗濯された、このひつじちゃん。

こっちゃんが1才8カ月から3才になる直前まで使用したものです。

このひつじちゃん、本当に本当に大活躍したのです。
こっちゃんの命を救ってくれた!(;_;)と思ったことも二度ほどありました。

10カ月で歩きはじめたこっちゃんは
ひとりでどこへでも行きたがりました。
興味があるものを見つけては突進していきます。
うろうろするのではなく、ぴゅ~っとどこかへ行ってしまうので

とにかく、追いかけるのがたいへんでした。


こんな状態で妹ちゃんが生まれるなんて…。
妹ちゃんが生まれるころ、こっちゃんは1才5カ月…。

私は、妹ちゃんが生まれたら
こっちゃんと赤ん坊(妹ちゃん)を連れて
どうやって外出するか、安全につなぎとめておく方法はないだろうか…と
そのことばかりを心配して
何か良い方法はないかと探り続け、迷子防止用のハーネスの存在を知り
そして
このゴールドバグのアニマルハーネスを見つけたのです。
もう、これしかない!
そんな想いで購入しました。

このひつじちゃん、想像以上の大活躍でした。

肩とお腹の部分をホールドしているので
つないでいる手を振りほどき、走り出しても、グッと引くと動きが一瞬止まります。
動きが止まった隙に
手をつなぎ直すのに、駆け寄ることができます。

妹ちゃんを抱っこひもで抱えている私が
手を振りほどいて突進するこっちゃんを制止するのは至難の業…
車道に飛び出すこっちゃんを、何度引きとめてくれたことか…(;_;)

しかし、こちら
実は賛否両論でした。

特に、道行くおじいさんには不評のことが多かったです。
「こんなので、くくってー。かわいそうに」なんて言われることも…(ー_ー)!!
逆に、おばあさんには
「あ~ら~、今はこんな便利なものがあるのねー!」と言われることが多かったです。

↑子育てに対する視点は、男と女では一生隔たりがあるんですね(笑)

ま…
当時の私は
どこで、だれに、どんなことを言われようと
とにかく

うっかり手が離れて
死なせるよりマシだ!

そう思っていました。

命の確保。
これ以上ない、たいせつなことですよね。

「偏見」に満ちた世界

…なんていうと、乱暴ですかね。

私はいつのころからか
世の中のすべてには表裏(良い部分と悪い部分)があると思って生きてきました。
なので
ある事柄に対して、本人が「正しい!」と信じるのは自由であり、
それは尊重されるべきものだと思っています。
けれど
その「正しい!」と思ったことを、自分以外の人に押しつけてしまうような状態になったとき
それは「間違っている」と思うのです。

私は今、現役の母親による母親支援活動をしています。→ハハラボラトリー

ハハラボでは毎月、学習会を開催しています。
それは発達の気になる子どもについて、だったり
カナダのファミリーサポートの理念を提供して座談をしたり、などなど…。

その学習会の中で
ファミリーサポート理念の中の「偏見」について学ぶことがありました。

そのときに
他人や世の中の現象に対してだけでなく
自分で自分自身にも「偏見」を持っているのだな…ということを学びました。
例えば…
「専業主婦なんだから~くらいできてて当たり前」
「私は母親なんだから~して当然」などなど。

そうして「偏見」を意識しだすと…
まぁなんと…
私の周りは偏見に満ちていることか!

そして
私って偏見のかたまり!^^;
と思うのです。

ここ最近の出来事をあげても…

(1)座談会に出席された祖母と姑の立場の女性(79才)からの
「今のお母さんは幸せだと思う」
「そのくらいの年頃の子どもが一番かわいい。過ぎればかわいかったって思うわよ」
 ※ご本人にまったく悪気はありません。素直な感想です。

(2)市民活動の相談コーナーにて
ハハラボさん頑張ってますね~。今度、調理室で料理のものもやるんでしょ?」と言われ
ハハラボは料理教室みたいのはやらないですね。
自分のお家の料理だけで手一杯なので…^^;と答えたら
「まったぁ~!料理なんかしてるの?本当に?」
※これまた悪気はなく、これだけ緻密な活動をしているんだから
  ある程度のサポートがあるんだろう…と思い込んでおられるのでしょう。

(3)私が娘のことについて「気持ちの面で影響されやすいデリケートな部分があって…」
と、ある年配(60代)の女性に説明したところ
「お母さんが忙しく働いているから、寂しさからくるもんじゃないの?」
 ※久々の衝撃波!しかし、相手にまったく敵意・悪意はないのです。


どうですか?

世の中の現役のお母さま…

こどものへやCOSMOS

2011年11月に引っ越しをして 慣れ親しんだ幼稚園を退園しました。 そして 4月に新しい幼稚園に入園するまで 毎週水曜日に NPO法人こどものへやCOSMOSさんが主催するキッズクラスに通っています^^ (児童デイなどの療育活動とはまったく別のものです)
ものすごい途中参加なのに みなさん温かく迎え入れてくださり 同じ幼稚園に入園するお母様たちもいて 思いきって参加することを決めて良かった!と毎週思います^^
本格的な保育指導の経験がある方たちが行っているので 毎回、趣向を凝らしたプログラムで ミニ幼稚園、プレスクールと言っても過言ではないという感じで かなりオススメのキッズクラスです。
今日は 新聞紙と段ボールを使った遊びをしました。
朝、出かけるときに カバンに過去の朝刊を2部入れたのですが 「こっつんの、どっち?」と言いはじめ…イヤな予感が。
キッズクラスが始まり 新聞紙を使った遊びがはじまると 案の定… こっつんの新聞は、こっつんなりに自由に使いたいという主張がはじまりました^^; これは、こっつんの!という独占欲、全開。
最初の新聞紙を使った遊びは 1ページを大きく開いて その上に乗って 先生とじゃんけんして 負けたら半分に折っていく… というゲーム。
妹のさーたん(3才3カ月)は 新聞紙が小さくなっていくのが面白くて わざとじゃんけんに負けるほど…^^
一方、こっつん(4才8カ月)は じゃんけんで負けることもイヤならば(勝ちへの執着) 新聞紙が小さくなっていくということもイヤで(変化を嫌う) かなり気持ちが乱れ 挙動不審になり参加できず。。。
じゃんけんのゲームに参加できない間 こっつんは、自分の新聞を一枚一枚広げていたら その上を男の子たちが走り回ることに あぁぁぁ!!!となり (自分で決めたテリトリーを侵されるのは最大のタブー)
小さい子(2才の子どもも一緒のクラスなのです)が ニコニコでやってきて 新聞紙にちょっとヨダレ垂れちゃって それを発見し、泣き顔で必死にぬぐったり…
…とにかく、新聞紙遊びは こっつんに合わない(笑)!!
やっと、段ボール遊びになり 楽しんでくれ~と思っていたら ここでもまた…
段ボールでつくった細長い橋を渡って…というゲームで 最初の先生の説明が 「段ボールの橋から足がはみ出たら… ガオーッときて、いたいいたいになるか…